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NetBSD/mac68k の歴史

Allen BriggsNetBSD 1.2 のリリースまでNetBSD/mac68kのポートをメンテナンスしていました。 彼はこの役目をScott Reynoldsに 1.2のリリース時点で引き継ぎました。 NetBSD/mac68kの起源に関するAllenによる物語です:

昔々...

Brad Granthamは きちんとしたインターフェース、ツール、能力を持った、クールで 安価なワークステーションは、とても楽しく作って売ることができるだろうし、 世間が必要としているものだという考えにたどり着きました。 そこで、何人かの友人に話し、中古のMac IIのために本当に安価なUnixを売って お金を作ることが、素晴らしい第一歩になるだろうという結論に達しました。 (このUnixはVirginia Techで数年間CS専攻のために必要でした--基本設定は? 80MBのハードディスク、2MBのRAMに、A/UX 1.0/1.1--のちに2.0にアップグレード-- というものでした)

この時、Berkeley Networking Release 2 (Net/2)がインターネットで入手でき、 386BSD 0.0がリリースされたばかりでした。これはスタートに手ごろな条件に思われました。 BradとLawrence Kestelootは --ハサミムシを殺してストレスを発散しながら--たくさんの時間と努力により、 システムをほぼ動作するようにしました。 彼らはシステムをシングルユーザーモードまで持ってきましたが、壁に突き当たりました。 これは後にChris Caputoが打開することになります。 Chrisもまたシステムが自立し、きちんとした速度でSCSIの読み書きをできるように するという重要な仕事をしました。 このころ、386BSD 0.2についてたくさんの噂がありましたが、 何やらものになりそうな、NetBSDという新しいシステムもありました。 Chrisはすでに存在するコードをNetBSDの0.8リリースに併合させはじめました。

そしてその夏 (1993年) 、いくつかの変化がありました: Lawrenceは大学院に進学しました;ChrisはMicrosoft社に入社し、結婚しました; Bradはカリフォルニアに引っ越しました;そして、 Allen BriggsとMichael Finchがやじ馬のようにぶらぶらするのをやめ、 システムに専念し始めました。 NetBSDが0.9になる時まで、MacBSDをNetBSD 0.8に併合させ続けました。 その年のクリスマス、BradとLawrenceが戻ってくると、Mikeと一緒にMikeのアパートで ハッキングセッションをしました。 これにより、若干多くのシステムをサポートし、一般に良いものになると考えられました。

Allenは責任をもってmac68kのコードを今日まで保守しつづけ、改善をしたり、 時々寄せられる変更を取り込みつつ、なんとかやってきました。

MacBSDの初期リリースに含まれる引用

「素人にとってプログラミングに関する最良の本は、『不思議の国のアリス』である; なぜなら、『不思議の国のアリス』は素人にとってすべてに関して最良の本だからである」

-- Fortune

「市場のほぼすべてのコンピューターが今日Unixを走らせている。Macを除いて (だれも気にも止めないが) 」

-- Bill Joy 6/21/85


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